Q 1  職場のストレスでウツになる人は、どのくらい増えているのですか。

職場や仕事のストレスでウツなどメンタル不調に陥る社員は、確実に増えてきています。10年余り前の統計になりますが、6割を超える企業が「過去3年で、心の病が増加傾向」と回答しています。

また精神疾患による労災申請も増加の一途を辿り、2009年度に1000件、2015年に1500件、2019年には2000件を超えています。それと並行して労災認定や訴訟も増加傾向で、ウツなどメンタル不調は企業の重大なリスク要因となっています。

2020年からはコロナ感染拡大に伴う、いわゆる「コロナうつ」が急増しており、新たな社会問題として浮上しています。ウツに伴う休業や自殺は明らかに増加傾向であり、企業経営に対して深刻な課題となっております。

Q 2  ウツの社員が多発する事で、どのくらい経済に悪影響が出ていますか。

ウツになる社員が増える事で、企業は様々な経済的あるいは社会的な損失をこうむる事になります。

まず経済的な面に関してですが、ある統計によれば、一人の社員は平均して5か月にわたり休業し、前後3か月間は半分くらいのパフォーマンスしか発揮できないと計算すると、一人当たり8か月分の給与を損する事になる、と説明されています。

経済全体で見た場合の統計では、仮にウツなどメンタル不調、それによる自殺などが一切なくなった場合、単年度で約2.7兆円もの経済的な押し上げ効果が見込まれる、というのです。

社会的な側面では、ウツなどメンタル不調の社員が続出し、また自殺者が出るような職場では、メンバーの志気が低下して離職者が増加し、対外的イメージ低下から、業績や採用にも悪影響が現れる事が懸念されます。

Q 3  ウツなどメンタル不調になると、どのような症状が出やすいのですか。

ウツ病あるいはウツ状態に於いては、憂うつ感、不安感、イライラ感、不眠、パニック発作、集中力や記憶力の低下、やる気が出ない、音などへの過敏といったメンタル面の症状が現れるほか、めまい、頭痛、倦怠感、食欲不振、動悸、息切れなどの身体的な症状も現れやすくなります。

症状は人によって千差万別で、同じ人でも症状が経過とともに変化していく事があります。従って上記のような症状に苦しむ人が精神科や心療内科などの医療機関を受診した場合、その「診断名」は幾つかのバリエーションがあります。「うつ病」や「うつ状態」、「不安神経症」「パニック障害」「不眠症」「自律神経失調症」など様々です。中には複数の病院を受診し、別の診断名をつけられ、どちらが本当なのか悩んでしまう人も少なくありません。

Q 4  メンタル不調の原因として、頻度の高いものは何が挙げられますか。

心療内科などの外来を受診して来る方々から話を聞くと、勤労者世代の場合は「仕事や職場のストレス」を問題視する方々が大部分です。皆さん口を揃えて「仕事(職場)のせいで体調や気分が悪い」などと訴えるのです。

具体的には「残業など長時間労働のために体も心も不調になった」とか「パワハラ上司のせいでウツになった」「職場の人間関係が悪くてイライラする」などの訴えが目立ちます。2020年からはコロナ禍の影響が加わり「コロナのせいで毎日が憂うつだ」とか「テレワークが続き体調が悪い」などの訴えも散見されます。

そのような仕事や職場、コロナという外部要因の一方で、自律神経の安定や栄養バランス、腸内環境などと言う内部環境にも注目しなければなりません。

例えば鉄やビタミンB群などの欠乏により、セロトニンなど神経伝達物質の生合成が阻害され、ウツなどメンタル不調の諸症状が現れやすい事が証明されていますし、実際に大半のメンタル不調症例に於いて、これら栄養素の欠乏状態が血液検査にて証明されています。

Q 5  メンタル不調を減らす上で、「健康経営」はどのような位置付けなのですか。

「健康経営」とは、社員の健康増進を経営的な視点で考え、戦略的に実施する取り組みです。健康に関連する適切な投資を行なう事によって、社員の活力や生産性の向上を図り、結果的に企業の業績やイメージの向上を目指そうというものです。

経済産業省では平成26年度から、健康経営に関する一種の顕彰制度として「健康経営銘柄」の選定を行なっています。健康経営に関する優れた事業と成果を挙げた企業を、各業種から1企業に限って選定し、健康投資へのインセンティブとしています。

具体的な健康に関する取り組みとしては、健康診断やストレスチェックの推進・実行、食事や運動などライフスタイル改善のための啓蒙活動、長時間労働の抑制やパワハラ対策などが挙げられ、一定の成果を挙げたという評価も散見されます。

とはいえウツなどメンタル不調の社員が、むしろ増加傾向であるのも確かで、さらに実効性のある取り組みはないものか、という模索も始まっています。健康経営という掛け声ばかりでなく、実際にメンタル不調の社員が目に見えて減少するという成果が今、求められているのです。

Q 6  長時間労働は、どのくらいメンタルヘルスに悪影響を与えるのですか。

残業を含む長時間労働は心身への大きな負担となり、倦怠感などの身体症状の他、憂うつ感や不眠などメンタル不調の直接的な要因となります。特に月あたり100時間を超えるような過重労働では、その危険性が明らかに高くなります。

そのような長時間労働が続くと、帰宅が深夜に及ぶ事で睡眠時間が削られ、慢性的な不眠状態となります。また心理的なストレスも過重となるため、憂うつ感や不安感、パニック発作などのメンタル不調が高頻度に現れやすくなります。

その一方で、労働の「質的」なストレスも、メンタル不調の大きな要因となります。質的な負担とは、一つには「過重な責任」です。例えば昇進に伴い、部下指導など管理業務の責任が生じると、ストレス増大からウツ症状に見舞われることが少なくありません。

さらに「仕事の裁量性」も重要なポイントです。自分のやりやすいように仕事を進める自由度とか裁量性が認められているかどうかは、意外と大きな要素であり、裁量性の低い業務はいわば「やらされ感」が強く、メンタル不調の原因となり得ます。

Q 7  「働き方改革」で長時間労働やメンタル不調は、どのくらい減りましたか。

デロイトトーマツグループによる調査によると「働き方改革」に関連する一連の取り組みのうち、長時間労働の是正などコンプライアンス対応については殆んどの企業が着手または検討しており、実際に「労働時間が是正された」との評価が約8割に上っています。

その一方で、業務プロセスの見直しや組織風土改革などの取り組みは4~6割の実施に留まり、また従業員満足度の向上やコミュニケーションの活性化などの効果が得られたとする回答も6割前後に留まっています。

全体として「効果があった」との回答は53%と低迷しており、労働時間という定量化しやすい取り組みは進展が見られたものの、コミュニケーションや組織風土などの「質的」な要素は道半ば、といった印象は否めません。

肝心のウツなどメンタル不調に見舞われる社員は、減るどころか増える一方であり、一連の「働き方改革」は、メンタルヘルスに関する効果については不充分だった、と言わざるを得ません。

Q 8  職場内に於けるパワハラは、メンタルヘルスにどういう悪影響があるのですか。

様々な立場や性格の人間が集まる触媒に於いては、優越的な立ち位置のメンバーが、より劣位のメンバーに対し、その権力や能力、経験などの優位さをタテに攻撃的な言動を働き、メンタル不調に至ってしまう事案が少なくありません。これを一般にパワーハラスメント(パワハラ)と呼んでいます。

典型的な場面としては、上司や管理職が若い部下のミスに対し「こんな事も出来ないのか。この馬鹿!」と罵ったり、部下の提案に対し「そんなのお前に出来る訳がない。恥を知れ!」と人格まで否定してしまうようなケースが多数みられます。

上司や管理職から日常的にそのような扱いを受けていると、若手の部下は「自分はダメだ・・もうやっていられない」などと自信を失い、ひいてはウツなどメンタル不調に見舞われ、休職や離職、ひどいと自殺などに至ってしまう事も考えられます。

企業の管理職や経営層がパワハラを多発させるような体質では、若い社員は育たず、休職や離職、労災、訴訟などが多くなり、また人材の採用や他社との取引などにも影響し、企業のパフォーマンスが低下してしまいます。

Q 9  「パワハラ対策」でパワハラ上司やメンタル不調は、どのくらい減りましたか。

パワハラの多発が企業にとって大きなリスク要因である、という認識が広がり、一連の「パワハラ対策」に取り組む企業が増えてきました。パワハラの背景となっているコミュニケーション環境の改善などに取り組み、いわゆる「パワハラ上司」は減少した印象があります。

パワハラ対策の難しさは、パワハラ的な言動が部下への「指導」と紙一重である、という点です。つまり上司や管理職は若い部下を指導する一環として、時には厳しい言葉を投げかける必要がありますが、それが指導される側からすると、パワハラと捉えられかねない訳です。

従ってパワハラ対策の推進に当たっては、パワハラと指導の「線引き」が問題となりました。例えば経営側が「これは指導の一環である」と主張するのに対し、組合側は「それはパワハラそのものである」などという綱引きが行われたのです。

そのような攻防の結果として、パワハラ上司は減少したかに見えますが、職場のコミュニケーションや適正な指導の問題は先送りされたままであり、肝心のウツなどメンタル不調の社員は減少したどころか、むしろ増加の一途を辿っています。パワハラ対策は、メンタルヘルスに関する限り、充分な効果を挙げているとは言えないのが現状です。

Q10  職場に於ける「セルフケア」と「ラインケア」の役割を各々教えてください。

職場でメンバーの健康管理やメンタルヘルスを推進するための取り組みは多岐にわたりますが、大きく「セルフケア」と「ラインケア」に大別されます。

セルフケアとは、文字通り個々のメンバーが自身の体調や心理面のケアを行ない、健康所帯やメンタルヘルスをベストの状態に維持させる、一連の取り組みを指します。そのような取り組みにより仕事の質を向上させ、企業業績の改善にも寄与できます。

具体的には、食事や運動、睡眠などライフスタイルを改善し、栄養バランスや自律神経、腸内環境などを良好な状態に維持、向上させ、疲労回復や心理的な安定、風邪をひかない、病気になりにくいような心身の健康状態を目指します。

一方のラインケアとは、職場内に於ける上司と部下などの人間関係や指示系統を活用し、健康状態やメンタルヘルスの管理を行なうほか、心身の健全性を担保するための環境改善を図る一連の取り組みを指しています。

具体的には、体調不良やメンタル不調のメンバーの早期発見と対処、労務管理、パワハラ対策、コミュニケーション改善、メンバーへの健康リテラシー向上の取り組み、オフィス環境のサーベイや改善の取り組みなどが挙げられます。